ピーター・S・ビーグル『最後のユニコーン』の新旧の翻訳を比較してみて、気になったところ(その2)

完全版 最後のユニコーン

完全版 最後のユニコーン

 

訳文がかなり違うところ

当然ながら、金原訳のほうが正しいことが多いようだ(全部が、ではない)。


[ハ] ああ、このすべてを置き去りにするなんて、できやしない。わたしが本当に、世界でただひとりのユニコーンではないのなら、そんなことは、できやしない。 (13p.)
[学] この森を離れるなんて、とてもできない。本当に、わたしがこの世で唯一のユニコーンになってしまったのだとしても、ここから出ることなどできはしない。 (12p.)
・Oh, I could never leave this, I never could, not if I really were the only unicorn in the world.


[ハ] 草にさわることができないから、犬や猿をつかって目眩ましをやるのさ。でも、そのちがいはわかってる。 (52p.)
[学] 犬や猿を怪獣にみせかけてごまかしているのは、本物の怪獣に変えてしまうことができないからだけど、違いはちゃんとわかってる。 (45p.)
・I play tricks with dogs and monkeys because I cannot touch the grass, but I know the difference.
*touch the grass って何だろ。


[ハ] 「ぼくたちの間に鉄格子があったときと、まるでちがう。あなたは小さくみえるし、とてもユニコーンには―ああ、何てことだ」 (66P.)
[学] 「檻がなくなると、違うものだね。いまのほうがずっと大きく見える。それに―ああ、すばらしい」 (57p.)
・“It was different when there were bars between us. You looked smaller, and not as oh. Oh my.”


[ハ] あなたを、真の魔術師に変えることは、わたしにはできません」
「そうは思えません」 (80p.)
[学] あなたを本物の魔術師にすることはできないんです」
「そうか、期待してたのにな」 (70p.)
・I cannot turn you into a true magician.”
“I didn’t think so”


[ハ] 「何てことだ、おれは井の中の蛙、いや草の中のひなどりだったかもしれない」 (81p.)
[学] 「わおっ、丸焼き料理になっちまいそうなくらい、びっくりだ」 (70p.)
・“Well, I’ll be a squab under glass,”


[ハ] わたしたちは、ここで素晴らしい生活を送っている。もしもそうでなかったとしても、わたしはそのことにまったく気がつかないだろう。 (87p.)
[学] この町の人々は豊かな暮らしを送っておる。ここの暮らしを貧しいというなら、どういう暮らしが豊かなのか見当もつかんね。 (75p.)
・We do lead a good life here, or if we don’t, I don’t know anything about it.


[ハ] 遠くでカラスが一度だけ鳴いた。その鳴き声は、夕焼けの中を、一本のわらしべのようにただよっていった。 (87p.)
[学] 遠くの空でカラスが鳴いた。その鳴き声は、一片の燃え殻から立ち上る煙のように、夕暮れの空に響きわたった。 (76p.)
・A crow called once, far away, and his cry drifted through the sunset like a single cinder.
*金原訳のほうが正しいのかもしれないが、鏡訳のほうが面白い。


[ハ] 「よろしい。帽子よ、汝の頭に来れ」 (92p.)
[学] 「いいだろう。おまえの身になにがふりかかっても知らないぞ」 (80p.)
・“Very well. On your head be it.”
ダブルミーニング


[ハ] だが、友人としてわたしを求める者は、良き友を得ることになる。して、あなたは、どちらかな?」
「誓って」 (101p.)
[学] だが、我輩を慕ってくる者は、我輩の友となる。貴殿はいかにしてここへ?」
「馬の上に腹ばいで」 (87p.)
・but he who seeks me as a frind may find me friend enow. How do you come here, sir?”
“On my stomach,”


[ハ] 食いねえ、飲みねえ (102p.)
[学] さ、タコスを食べな (88p.)
・Have a taco.


[ハ] 手を離すんじゃねえぞ、キャプテン―やつはおいらたちのためにならねえ (118p.)
[学] キャプテン、そのくらいにしておけよ。死んじまったらなんの役にも立たねえぜ(101p.)
・Hold your hand, captain―he’s no good to us dead.


[ハ] 一月ばかりは、おれたちは、ひまをもてあます紳士ということになるだろうよ (120p.)
[学] ひと月もしないうちに、おれたちゃ悠々自適の身分になれるかもしれねえぜ (102p.)
・Happen we’ll all be gentlemen of leisure in a month’s time.


[ハ] 「今は、ここにいます」 (127p.)
[学] 「いまもどってきました」 (108p.)
・“I am here now,”
*文脈からいっても、「もどってきました」は違う気がする。


[ハ] わたしの父を満足させたのでもなければ、ぼくを満足させたんでもない。あれはユニコーンのためのものだったのさ (136p.)
[学] 父はきみに満足していない、それをいうなら、父はぼくにも満足していない。父を満足させるにはユニコーンが必要だ (115p.)
・You don’t satisfy my father, but then neither do I. That would take a unicorn.


[ハ] ハガードと結婚するかもしれぬ女たちも、いや、ハガード自身でさえ、それを否定するでしょう。 (162p.)
[学] ハガードと結婚してもいいと思うような女などいませんよ。いたとしたら、ハガードでさえ敬遠したくなるような女でしょう。 (137p.)
・Any women that would marry Haggard, even Haggard would refuse.


[ハ] ユニコーンは棹立ちになり、身を翻し、別の方向へ飛び出した。けれども、そこでまた牡牛とぶつかるだけだった。牡牛の頭は低く下げられ、顎からは、雷鳴のようなうなり声がもれていた。再び、ユニコーンは向きを変え、また変えた。 (178p.)
[学] ユニコーンは後ろ足で立ち、体の向きを変えて跳ねとんだ。しかしその先にも赤い雄牛が待っている。ユニコーンは頭を下げ、あごからは雷鳴のような音をもらしながら何度も何度も向きを変えた。 (150p.)
・She reared, swerved, and sprang away in another direction, only to meet the Bull there, his head lowered and his jaws drooling thunder. Again she turened, and again,


[ハ] でも、自分の牢獄として、他のいかなるものよりも、この姿を選びたいと思います。 (192―193p.)
[学] けれど、自分で選ぶことができたなら、わたしはこの姿だけは選ばなかった。 (162p.)
・But I would have chosen any other than this for my prison.


[ハ] 手首そのものは、若いアザラシのように、優美につくられていた。 (192p.)
[学] 手首そのものは、若いカワウソみたいに生き生きと作られていた。 (162p.)
・her wrists, themselves as gaily made as young otters.


[ハ] 彼女は、宝石のようにじっとかれを見返していた。ユニコーンたちが人間を見る以上には、本当にはかれを見てはいなかったのだが、 (206p.)
[学] 姫もまた、宝石のような沈黙を守りつつ、王子をみつめかえした。人間にユニコーンの本当の姿がみえないように、彼女にも王子の本当の姿はみえていない。 (174p.)
・She looked back at him, silent as a jewel, seeing him no more truly than men see unicorns.


[ハ] ぼくは四つの川を泳いだ。そのいずれもが、水はあふれ、幅百マイル以下のものはなかった。 (225p.)
[学] 四つの川を泳ぎきった。どの川も水量はあふれんばかり、川幅は二キロ近くあった。(190p.)
・I have swum four rivers, each in full flood and none less than a mile wide.


[ハ] 御立派な野菜 (230p.)
[学] しなびた野菜 (194p.)
・the venerable vegetables
*実際には「しなびた野菜」なのを、あえて(皮肉で)「御立派な」と形容してるのだろう。


[ハ] この姿でか、あるいは自分自身の姿で、かれとまた顔をつきあわせねばならないのです。 (238p.)
[学] いままでなら、考えもしなかったことですが、わたしは雄牛と対決せねばならないのです。 (201p.)
・In this form or my own, I must face him again,


[ハ] 「おいらは、もう長い間、しゃべりたいと思っていたのかもしれない」 (248p.)
[学] 「長々とおしゃべりしてる気はない」 (209p.)
・“I doubt that I will feel like talking for very long,”


[ハ] 「奇跡の奇って、何偏だったかしら?」
「車偏だ」かれは疲れきったように言った。「軌跡と同じ語源から来た言葉だよ」 (256―257p.)
[学] 「奇跡って単語には、rがいくつあったっけ?」
「ふたつだろ」シュメンドリックは面倒くさそうに答えた。「鏡(mirror)と語源が同じだから」 (215p.)
・“how many rs in ‘miracle’?”
“Two,” he answered wearily. “It has the same root as ‘mirror’.”


[ハ] グリフィンやキメラを抱きとめるためにおそわったとおりに、しっかりと見つめながら、身動きせずに彼女を抱いていた。 (263p.)
[学] 王子はグリフィンやキメラをみつめて、その動きを封じることができるようになっていたが、その目で姫をとらえた。 (220p.)
・he held her, as he had learned to hold griffins and chimeras motionless with his steady gaze.
* ハヤカワ文庫の328p.の時点でもまだ手もふれてないというのだから、このとき抱いたはずはない。


[ハ] ハガードの首切り役人の隊長だったのだ。何の理由もなく、王が、おれの首を打ち落とすまでは。それが、自分が本当にやりたいことかどうか、確かめようとするほどに、王が邪悪であった頃のことだ。それは、王の望んでいたことではなかった。 (293p.)
[学] 昔はハガードの側近だった。だがある日、なんの理由もなく、王に首をはねられた。それは王が、自分のやりたいことが邪悪なのかどうかを確かめるために邪悪になっていた頃だった。そうではないということがわかったが、 (245p.)
・I was Haggard’s chief henchman once, until he smote off my head for no reason. That was back in the days when he was being wicked to see if that was what he really liked to do. It wasn’t,


[ハ] 「これなら、大丈夫よ」モリーは大きな声で言った。「まったく新しいものを造り出さなきゃならないってことじゃないわ。あんたに、そんなこと、頼んだりしない」 (296p.)
[学] 「だって、前にもやったことがあるじゃない」モリーは大きな声でいった。「無からなにかを作れなんて、そんな無茶はいわないよ」 (247p.)
・“Well, it’s been done,” she said loudly. “It’s not as though you’d have to make up something new . I’d never ask that of you.”
*このセリフのあとのモリーの動作が、「前にやったこと」を示しているのだろう。


[ハ] 「その問いには、一言で十分だろう」 (359p.)
[学] 「ひとこと発するだけでも違っていたかもしれないではないか」 (299p.)
・“One word might have been enough,”