ピーター・S・ビーグル『最後のユニコーン』の新旧の翻訳を比較してみて気になったところ(その1)

Ballantine1969&ROC2008


[ハ]=ハヤカワ文庫2003年10月31日8刷 鏡明
[学]=学研2009年7月21日第1刷 金原瑞人
原文の引用は特にことわってなければ“The last unicornROC 2008年刊
*=私のコメント

原文そのものが違っているところ


[ハ] それを聴いて、カリーは息を呑んだが、大男はそのことにこだわっていた。その夜の間というもの、シュメンドリックはそっと笑い続けていた。大きな木のところに連れていかれても、変わらなかった。そこでかれは顔を木に押しつけられ、両腕で木を抱くようにしばりつけられた。 (119P.)
[Ballantine 1969年2刷] Cully caught his breath at that, but the giant stretched around it. Schmendrick giggled gently all time that night and bore him to a great tree, where he bound him with his face to the trunk and his arms stretched around it.
[学] 赤い雄牛という言葉をきいてカリーはごくりと息をのんだが、大男ジャックは無抵抗のシュメンドリックをかつぎあげた。今日一日で二回目だ。そしてシュメンドリックを木の幹に抱きつかせるようにして縛りつけた。 (102P.)
[ROC 2008年] Cully caught his breath at that, but the giant snatched up the unresisting magician for the second time that night and bore him to a great tree, where he bound him with his face to the trunk and his arms stretched around it.


[ハ] そして、かれは、そうしようとしたのだ。 (324p.)
[Ballantine 1969年2刷] And he would have done it,
[学] 彼女はそうしようとした。 (269p.)
[ROC 2008年] And she would have done it,
*ミスプリントか。

原書に無く、学研版に加えられている文章


[学] おや、ポリーちゃん、クラッカーを食べるかい?」ルークはオウムにでも話しかけるようにハルピュイアに声をかけたが、見物人から笑い声はほとんどあがらなかった。 (38p.)
・Polly want a cracker?” Few in the crowd laughed. 

原書に在って、学研版で訳されてない文章。


[学] 「そいつは素敵だ」ルークはそういって、そっと後ずさった。「ハルピュイアがあんたの生き肝をご所望だったら、どうするんで?」
「どっちにしたって、おまえの肝を食わせてやるさ。 (43p.)
・“Oh, that’s nice,” Rukh said. He sidled away from her. “What if she only wanted your liver?” he demanded. “What would you do then?”
“Feed her yours anyway,”
[ハ] 「それはまた、素敵なことで」ルクは言った。老婆のそばからそっとさがる。「もし、あいつがあんたの生肝しかほしがらなっかたら、どうするつもりで?」ルクが詰問するように言った。「そのときには、どうするつもりですかね?」
「どちらにしろ、おまえの生肝をやるさね」 (49p.)
*このように、ビーグルはしばしば一人の人間のセリフの途中で(セリフを分けて)“誰々が言った”をはさむことがあるが、金原訳ではそれを省略して一連のセリフにしてることが鏡訳よりも多い。この場合は後のセリフも省略しているが。

原書に在って、ハヤカワ版で訳されてない文章。


[ハ] 「誰が言った?」カリーが端から端まで見回すと、つば元をゆるめられた剣が鞘の中で、乾いた音をたてた。
「あたしが言ったのよ」 (109P.)
・“Who said that?” Cully’s loosened sword clacked in its sheath as he turened from side to side. His face suddenly seemed as pale and weary as a used lemon drop.
“I did,”
[学] 「だれだ?」いったん抜きかけた剣が、カリーがきょろきょろする動きにあわせて鞘のなかでカタカタ音をたてた。カリーの顔が古くなったレモン汁のように色褪せ、冴えない表情になった。
「あたし」 (94P.)
*このHis face……lemon drop.の文章は、Ballantine版(1969)とROCの2008年版には在るが、ROCの1991年版には載っていない。鏡明が参照した版ではそうなっていたのかもしれない。


[ハ] ユニコーンは、前と同じ絶望的な恐怖、人々を逃げ腰にさせる老いることへの恐怖を感じたのだった。あの魔女は、自分でわかっていると知っていること以上のことを知っている。ユニコーンは思った。 (59p.)
・the unicorn felt the same helpless fear of growing old that set the crowd to flight, even though she knew that it was only Mommy Fortuna in the cage. She thought, The witch knows more than she knows she knows.
[学] ユニコーンは老いの恐怖にかられた。身ぶるいを抑えることができない。見物人も同じ恐怖に襲われたようだ。檻のなかにいるのはマミー・フォルトゥーナだということを自分は知っているのに、とユニコーンは思った。あの魔女は、本人が自覚している以上のことを知っているに違いない。 (51p.)


[ハ] まずシュメンドリックが、身を起こした。かれの両腕が、ルクの両肩を地面に釘づけにした。「この石頭め。 (67p.)
・Schmendrick scrambled up first, his knees nailing Rukh’s shoulders to the earth. “Barbed wire,” he gasped. “You pile of stones,
[学] シュメンドリックが上になり、両膝でルークの肩を地面に押さえつけた。「有刺鉄線がなんだって?」荒い息づかいでいう。「この役立たずの石ころ。 (58p.)


[ハ] 三人の旅人たちは悲鳴をあげた。けれども、かれらの案内人は、ひるみもせず、声も出さずに前進していく。 (205p.)
・The three travelers cried out, scrambling to keep their feet on the shouddering stairs, but their guide pressed on without faltering or speaking.
[学] 三人の旅人は悲鳴をあげ、がくがく揺れる階段を踏みしめた。しかし先頭を行く哨兵はよろめきもせず、ものもいわずにどんどん登っていく。 (172―173p.)


[ハ] 大広間は、六時のときよりも、あるいは正午のときと、ほとんど同じように暗かった。この大広間には、ただ単に、暖かさが欠けているために冷たく、光がないために薄暗い時間があった。(289p.)
・the hall was little darker than it had been at six o’clock, or noon. Yet those who lived in the castle told time by the difference in the dark. There were hours when the hall was cold simply for want of warmth and gloomy for lack of light;
[学] 大広間の暗さは六時とも正午ともさほど変わらない。それでも、城に住む生き物たちは、暗さの違いをみわけて時を知っていた。広間には、温もりがないせいで寒く、光がないせいで薄暗い時間帯があった。 (241p.)