『メグレの回想録』ジョルジュ・シムノン、北村良三・訳(早川書房『世界ミステリ全集9』)

メグレのモデルになった(という設定の)“本物のメグレ”による回想録。シムノンの描写や、映画の配役に対して文句をつけてるのが笑える。
ほとんど小説内のメグレと同一人物と見なして差し支えなさそうだが、わざわざメタな手法を使ったのは、小説に描かれる捜査方とかについて「間違ってる」といったクレームでも来て、あれはフィクションだからと弁解する必要でも感じたのかしらん(シムノン自身が登場して、真実を真実らしく見せるためには多少の脚色が必要だ、といった意味のことを言う)。


断片的なエピソードの寄せ集めだが、なかではメグレの少年時代の事件が泣かせる。
メグレの父には、医療ミスで妊婦と赤ん坊を死なせてしまったことのある、アル中の医者の友人がいた。「決して人間に絶望しなかった」父は、友人が立ち直っていると信じて妻のお産をその医者にまかせるが、妻と赤ん坊も死んでしまう。

母の死は、わたしには非常に馬鹿馬鹿しい、無益な悲劇のように見えた。
しかし、悲劇というものは、また、挫折した人間の姿というものは、いつの場合でも、わたしを絶望の深淵におとし込む。こうしたことを真面目に考える人はいないのか?「きみは道を誤っている。そのまま進んだら、かならず破局に遭うよ。きみの進むべき道はこちらで、そちらではない」と、静かな口調で断言できる知的で、思慮深い人間はどこにもいないのか?(43p.)

時に被害者よりも、やむを得ず罪を犯してしまった加害者の方に同情することすらある、メグレらしい述懐だ。


私は面白かったけど、単独の作品としては評価しにくいので、メグレのファン以外にはお薦めできない。